【寄稿】原発が爆発した!組織が安全神話に取り憑かれて大事故を招いた事例の研究

【執筆】長濱 和彰(SKJコンサルティング合同会社/代表業務執行社員)
コラム
ビジネス

プロローグ

 どんな病も辛い経験ですが、病を克服したり、上手く折り合って健康を取り戻すことができれば、やがては怪我の功名となって、良い経験に代わっていきます。
 著者は20年前に大腸ガン(ステージⅡ-b、転移確立50%)の経験者で、全身麻酔で腫瘍の切除を受けました。手術直後は肝臓や肺への転移のリスクに怯えましたが、医師から「免疫細胞を活性化させてガン細胞を潰していけば転移はない。免疫細胞を活性化するには、希望を失わず明るい気持ちで日々を過ごす、ストレス解消のため軽い運動を毎日続けること」等の助言を得て、それからは健康管理に気を付けることにしています。考えてみれば20年に及ぶ営業職時代は連日のように接待飲酒を続けていました。その結果、消化器だけではなく全身にストレスを与え続け、ガン細胞が増殖を始めてしまったようです。その後の会社員生活では出世よりも健康優先に切り替え、節酒に加えて軽い運動を続けて免疫細胞を活性化して、なんとか年金生活までたどり着くことができました。
 企業組織も同様で、事業活動を営む間に同僚や部門間、取引先、地域、行政、環境など様々な関係者との間でストレス、葛藤、衝突が生まれます。経済学ではこれをコンフリクト(Conflict)と呼び「限られた資源に対して人間(企業)の欲求は無限に拡大するので、資源の奪い合いとしてConflictが生ずる」と説明されます。企業活動の要諦は、生じたコンフリクトに対して両者納得型の解決策を生み出し、最終的に1+1=2以上のシナージ効果(統合効果)を発揮できるよう解決してゆくことに尽きるように感じます。病気に例えればコンフリクトは「がん細胞」、シナージ効果は「免疫細胞」といえるでしょう。
 現実の企業では、コンフリクト解消に失敗して事業を撤退したり(切除手術の如く)、組織内で隠蔽したり粉飾する等の不正が蔓延し(がんの転移の如く)、やがて死=倒産に至る事例が多々あります。著者が実際に体験した事業撤収のケースでは、全国に点在する販売子会社の整理を始めたところ、ほとんどの販社が決算報告を粉飾し、不良在庫を築いていたことが判明し、愕然としたことを覚えています。販社の経営陣が販売不振・不良在庫増の事実を早く、正しく本社に伝えていれば、ガンの早期発見の如く内視鏡レベルの簡単な治療で解決出来たのでしょうが、長期に渡って隠蔽され続けたため、ガンが広がってついに事業撤収・会社整理の大手術となってしまいました。
 今回のレポートは、経済学では「合成の誤謬」(「ごびゅう」と読みます)と定義し、リスクマネジメントでは「専門集団の漂流」と指摘するテーマ、即ち組織の一部が最適の対応を行っても、組織全体の失敗を招いてしまった我が国の最大の失敗事例について、記録を保全する視点から考えてみたいと思います。

1.「我が国の原発では過酷事故は起きない」安全神話が存在していた

 2011年3月に発生した東日本大震災で東京電力の福島第1原子力発電所が津波の襲来を受け、長時間にわたり全電源を喪失、広範囲の放射能汚染を起こしてしまった事故は、世界に衝撃を与えました。原子力の安全水準は先進国の中でも最高レベルと言われてきた日本が、3基もの原子炉が連鎖的な水素爆発で大量の放射性物質が流失するという、最悪の事故を起こしてしまったからです。
 不幸中の幸いは「4号機の奇跡」(1300本の使用済み核燃料が貯蔵されていたプールに偶然にも、大量の水が流れ込んで冷却が続けられたこと)、及び「2号機の奇跡」(爆発寸前の格納容器から偶然にも水蒸気が抜けて減圧できたこと)が重なって、首都圏以北4000万人の避難が回避できたことでした。事故原発は、現在は冷温停止状態で安定しているとはいえ、これから半世紀もかけて放射能除去と廃炉の作業を行う必要があります。

原発事故直後に政府首脳は「想定外の事故」と話しましたが、しかし実は津波による原発事故の危険性は国会で、被災直前の1年前と5年前に具体的に指摘されていました。また3年前には原発の大地震対策を対象とした総務省の行政監察も行われていました。にもかかわらず、具体的な耐震、対津波強化策が行われなかったのはなぜでしょうか?
原発事故が発生する以前には、政府や電力会社の上層部の原子力関係者の間では「我が国に限っては原子炉が爆発するような過酷事故は絶対に起きない」と考えられていました。このことは経産省のホームページで経産省自信も反省しています※1

(1)19年前、「安全神話」が誕生した
 1992年、政府の原子力安全委員会は、米国やソ連(当時)で発生した過酷事故に対して「我が国の原子炉の安全性は、多重防護の思想に基づき厳格な安全確保を行うことで十分確保されている。過酷事故は工学的には現実に起こるとは考えられない」と決議し報告しています。翌年には補強のため、原研や電力中央研究所、東京電力等9名の専門家ワーキンググループが、米国原発で発生した全電源喪失事故3例を調査研究した報告「全電源喪失事象について」※2を発表しました。

  ①全電源消失事象は、外部電源の全てと非常用ディーゼル発電機の全数が作動不能となる事象が
  複合して発生する事象であり、発生頻度は非常に低い。
  ②我が国の原子力プラントでは、全電源消失事象は発生していない。
  ③我が国の外部電源喪失頻度は1プラントで1%と低く、復旧時間も30分以内である。
  これに対して米国では、喪失頻度は10%、復旧時間の最長は19時間を要しており、我が国の原
  子力プラントの信頼性は高い。
  ④非常用ディーゼル発電機の起動失敗確立も、米国よりはるかに低い。
  ⑤全電源消失時の耐久能力も、5時間以上と評価され、米国の4時間を上回る。

 これ以降、我が国の原発の「多重防護による安全神話」が生まれてしまいました。
 この安全神話の威力は絶大で、原発周辺住民に対する緊急避難訓練も「過酷事故は起こらないのになぜ避難訓練が必要なのか?」と言われ、参加者は少なく、電力会社などの関係者が模擬住民になって参加することが常態化するほどでした。
 しかし、原子力安全委員会や電力会社の調査研究は、原発の立地環境、とりわけ我が国に周期的に襲来する大地震・大津波に対する安全性については、評価されていない不完全な結論でした。遺憾ですが、監督官庁である経産省が率先して「安全神話」に取り憑かれていましたから、以降は見直されることはありませんでした。しかし、何度か神話から目覚める機会はあったのです。

(2) 5年前、国会で原発の津波対策について指摘
 2006年12月、電力会社による安全性測定データの偽装や事故の虚偽報告が相次ぎ、原発への不安感が高まった状況で、原子力工学科を卒業した野党の衆議院議員が「巨大地震での原発の危険性に関する質問主意書」を総理大臣に提出しました。質問趣旨と、当時の安倍総理大臣による答弁(→)要旨は、以下の通りです※3

  ①大規模地震で原発が停止した場合、崩壊熱除去のため機器冷却系が働かなくてはならない。津
  波によって外部電力を失い、かつ非常用ディーゼル発電機も動かない状態に至った場合には、原
  子炉はどういうことになってゆくか、原発一つ一つについて調査内容を示されたい。
  →地震、津波等の自然災害対策を含めた原子炉の安全性については、個別の申請ごとに経産省が
  審査し、原子力安全委員会が確認しているものであり、ご指摘の事態が生じないように安全確保
  に万全を期しているところである。原発ごとについては調査、整理の作業が膨大なものになるこ
  とから、お答えすることは困難である。
  ②崩壊熱除去が出来なかった場合には、核燃料棒は焼損するが、その場合の事故の規模や評価を
  どのように行っているか。経済産業省と原発メーカーは「核燃料は壊れないだろう」としている
  が、この場合の安全性は実験によって確認されているのか。
  →経産省ではお尋ねの評価は行っておらず、原子炉の冷却ができない事態が生じないように安全
  の確保に万全を期しているところである。米国原子力規制委員会の安全性評価書には燃料棒の健
  全性が保たれるとされている旨の記載がある。
  ③ディーゼル発電機の焼き付き事故も、過去に幾つも報告されている。また安全基準の測定デー
  タの偽造や虚偽報告が続いているが、なぜ国は見逃してきたのか。
  →電気事業者に対してデータの改ざん、手続きの不備等がないかどうかについて点検を行うこと
  を求めている。原子炉の安全を図る上で重要な設備については、法令に基づく審査、検査を厳正
  に行っているところであり、こうした取り組みを通じ、原子力の安全確保に万全を期してまいり
  たい。

 議員から質問を受けた政府は、当時の「安全神話」を前提にする行政情報の範囲内で答弁書を作成し、これを総理大臣が承認して答弁したものでしょう。原案を作成した複数の官僚たちは、善良な公務員として義務を果たし、ルールに則って上司の決裁を得て、まとめられたものと思われます。その前提には、「技術先進国である我が国の原発は、多重防護されており、原子炉が爆発するような過酷事故は起こらない」という、さして根拠もない「おごり」と「神話」に取り憑かれていたとしか考えられません。

(3) 3年前、総務省の行政監視も不発に終わった
 そして東日本大震災の3年前、2008年2月に総務省行政評価局が、「原子力の防災業務に関する行政評価・監視結果報告書」を公表しました。この行政監視は2007年に発生した新潟県中越沖地震で震度6を記録した柏崎刈羽原発で、7機の原発が全て緊急停止、構内火災が発生したにもかかわらず、緊急対策室のドアが変形して室内に入れず初動が47分も遅れ、通信回線の不能状態まで発生した事故を受けて、急遽翌年に行われたものです。しかし政府内の行政監視の限界なのでしょうか、ここでも「原発安全神話」に陥って、過酷事故は起きない前提で監視が行われた結果、全く的外れでノーテンキな指摘で終わってしまったのでした※4

    経産省は国民の安全・安心を確保する観点から、原発で大規模地震が発生した場合には、迅
  速かつ的確に次の措置を講ずる必要がある。
  ①原子力安全・保安院、検査官、専門官が果たすべき役割をマニュアルなどで明確化すること。
  また保安検査官事務所に対する応援体制を構築すること。
  ②オフサイトセンター(緊急対策室)に設置されている通信設備の活用が可能となるよう運用マ
  ニュアルを見直すこと。
  ③防災車が原発に迅速に到着できるよう、警察などと早急に協議すること。
  ④ホームページで、周辺住民に安全・安心情報を迅速的確に提供できるよう、運用マニュアルを
  作成すること。

 本来は、経産省が陥ってしまった「安全神話」に対して、第三者の立場で、巨大地震に対する準備力不足を指摘し、修正を求める権限と責任があった行政監視ですが、内部監査=お友達監査に終わってしまいました。日本の組織は内部監査が有効に機能しない弱点がありますが、総務省は深く反省するべきでしょう。

(4)被災11か月前、最後の国会質問もスルーしてしまった
 最後の機会は運命の大震災の11か月前、2010年4月の国会質疑でした※5

  ①巨大地震に遭遇した時に緊急に原子炉を冷却しなければならない事態が発生すると、緊急停止
  装置が働いたとしても、常温の冷却水が一時的に入るが、経年でもろくなっている減露容器が破
  損する可能性がある。
  →(原子力安全・保安院院長)実際に海水が入ったとしても直ちに材料、原子炉圧力容器のところ
  で問題が生じるということとは別と理解している。
  ②巨大地震の発生で、機器の損傷、緊急停止装置による原子炉の破損、二次冷却系が働かない事
  態などが生じた場合、最悪の炉心溶融になると、想定される放射能の総量は幾らになるのか?
  →(原子力安全・保安院院長)安全審査は、万一の事故の時でも一般の方を含めて周辺の公衆に著
  しい放射線の災害を与えない、これを確認するため技術的見地からは起こるとは考えられない仮
  想事故を想定して評価を行っている。
  ③多重防御の機器そのものが壊れてしまって、巨大地震に遭遇して、炉心溶融でどういう被害が
  及ぶのか、各サイト別に把握しておくべきである。
  →(経産大臣)多重防御でしっかり事故を防いでゆく、事故があってもメルトダウンは起こさな
  い、このための様々仕組みを作っているということです。ご質問は問題提起として受け止めさせ
  て頂く。

 ここでも安全神話にとりつかれた答弁が繰り返されて、11か月後に3基の原子炉が炉心溶融して大量の放射性物質を放出するという、最悪の事故を避ける最後の機会が失われてしまいました。

2.専門集団の「安全神話」に対し、どのように対抗するべきか?

 少なくとも2回の国会審議や行政監視を受けても、なぜ経産省は見直し点検が出来なかったのでしょうか?これこそ、行政の組織(この場合は原子力保安行政)単位でベストと考えた行為が、国全体にとっては不幸な結果を招いてしまった、即ち部分にとって最善の判断が、国全体にとっては「誤」であった「合成の誤謬」の失敗事例と考えられます。またリスクマネジメントの視点からは、「専門集団の漂流」とも指摘される、専門家集団が組織的に神話に取り憑かれた典型的な事象と言えるでしょう。

(1)20年間も専門集団は「安全神話」に漂流し続けていた
 我が国の中央省庁の組織は、法や省令のルールに基づく「課」単位の独立した国会対応優先の組織運営が基本とされ、課と課を繋ぐいわばヨコヨコの連携は極めて弱い特徴があります。まして原子力や発電配電など特定の工学領域に係る行政は、専門集団に任せざるを得ず、専門外の文官や官房組織が意見を出し変更を求める余地の少ない、原子力技官や電力技官などの専門技官集団の領域になっていました。 そのため国会質問については、自民党政権下でも民主党政権下でも、野党質問であったため、原発専門集団の「安全神話」範囲内の、通り一遍の回答で通過してゆくことができたのでしょう。歴史に「もし」は無いのですが、もし与党有力者の国会質問であれば、専門集団も具体的対応に着手したかもしれません。
 また行政監視権限を持つ総務庁に対しても、原子力保安院や電力会社の専門集団が団結して対応を行って、骨抜き監視に持ち込んだものと思われます。このように20年間も、専門集団が安全神話に取り憑かれて漂流を続け、本質的な安全対策を怠ってしまった結果が、2011年3月の悲劇に繋がってしまったのです。

(2)対抗手段は、「事実」を示すこと
 専門集団の漂流に対して、対抗する手段は「誤りの事実を速やかに示す」ことに尽きると思います。
 福島原発事故の防止については、過去に東北地方で20M~30Mの津波が何回も襲来していた「歴史の事実」を示し、13M~15Mの津波波高は当然想定しておく必要があることを強く指摘するべきでした。少なくとも福島原発の想定津波波高5.7Mは異常に低すぎるという事実を指摘し、神話に取り憑かれて漂流する専門集団を目覚めさせることに尽きると考えます。
 これらの事実は、経産省や総務省の官僚なら、わずかな文献調査やヒアリングで把握し、せめで非常用発電装置とその燃料だけでも上層階に移設するよう指導できたはずです。

エピローグ
企業は、エビデンスとなる情報を分散して長期保全する

 日々、事業活動を続けている企業の立場で、この問題を考えてみましょう。「安全神話」や「専門集団の漂流」の危険性は、好調で優秀な主力部門やエリート人材ほど唯我独尊となって、社内検査や監査を軽視する傾向に陥り易い傾向があり、要注意です。ガンは増殖する前に、早期に対策するべきなのです。
 すでに問題が発生し解決に取り組んでいるテーマについては、「事実」に基づいた原因究明と対策が行われているか?冷静に「事実」に向き合う必要があります。現役時代に内部統制を担当した著者の経験では、把握した「事実」は上司・同僚・部下・取引先の不正告発や、トップによる強引な投資の失敗、不良在庫の組織的な隠ぺいなど、関係者の怨念がドロドロうずまいた辛い「真実」ばかりでしたが、企業活動はきれいごとばかりでは済まないのです。
 企業が法令や社内規程に則って、通常業務の一環として適正に活動したことを記録し証明する手段としては、日々の事業活動を記録した全ての情報やデータ(電子メールを含む)を長期保全することしかありません。
 それゆえ、過去の事実を証明するための証拠(エビデンス)となる情報の長期保全は、リスクマネジメントの点から必須の条件になります。
 特に南海トラフ巨大地震や首都圏直下大地震が30年以内に70%の確率で発生すると指摘されている我が国では、安全地域は無いと考えて、情報は遠隔地に分散して長期保全を図る必要があるでしょう。
 将来、起こるかもしれない様々な企業リスクに対応するためには、証拠となる情報を20年~30年程度は保存していることが、基本的な前提となります。特にこれからは我が国でも、記録の電子情報開示(e-Discovery)が求められる時代になることは、間違いありません。膨大な情報を短時間に開示して対抗できなければ、国際競争に負けてしまいます。企業がリスクに直面した場合、例えそれが10年以上昔の出来事であっても、速やかに適正な事実情報を開示することが、問題解決の前提となるからです。
 政府機関は公文書情報が失われていても倒産することはありませんが、民間企業は厳しい企業競争に直面していますから、情報資産管理は生命線であると考えるべきでしょう。

※1「原発事故を二度と起こさないために」経産省ホームページ METI Journal 2018/01/18


※2「原発における全交流電源喪失事象について」原子力施設事故・故障分析評価検討会 検討ワーキンググループ 1993/06/11


※3「巨大地震に伴う安全機能の喪失など原発の危険から国民を守ることに関する質問主意書」 2018/12/13質問第256号、2018/12/22質問第256号への答弁書提出


※4「原子力の防衛業務に関する行政評価・監視結果報告書―大規模地震による原発被災への国の対応について」の所見 総務省行政評価局 2008/02


※5「第174回国会 経済産業委員会議事録第7号」 2010/04/09

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