令和の文書管理問題。それはなぜ起こったのか。根底にある日本の問題点とは。そして、日本の文書管理の行く末は。(後編)

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 前編では、慶應義塾大学名誉教授で、国立公文書館の前館長の高山正也先生にお話を伺い、今の日本の文書管理の問題について確認しました。後編では、その問題を解決する糸口について語っていただきます。

4.国立公文書館の役割とは。アーキビストの目指す姿が、日本の文書管理の問題を解決する。

野村:公文書の話に戻りますが、昨今問題となっている桜を見る会のご廃棄の問題や神奈川県の行政データ流出の問題など、様々な問題が発生しています。国立公文書館としてはどうしていかないといけないとお考えでしょうか。

高山先生:公文書館が昨年(2018年12月)、アーキビストの職務基準書を公開しましたが、個人的な意見ですが、これには大変違和感を覚えます。今年の春にお亡くなりになった、公文書館フェローを務められていた大濱徹也先生がおっしゃっていたことがとても印象に残っています。「アーキビストは歴史家の奴隷になるな。」とおっしゃっていました。この意味は何なのかというと、歴史家にとっての便利屋さんに終わってはダメということ。かといって、アーキビストが歴史家の先生になるのは、歴史家が拒絶します。
 一方で、アーキビストは便利な使いっぱしりであってほしいと歴史研究者は言いますが、これではダメです。大濱さんの真意は、「プロフェッショナルになれ。エキスパートではだめだ。」ということ。これが、奴隷になるな、ということです。
 どういうことかというと、エキスパートは職人の世界です。もちろん、世界で職人芸を発揮できる経済は、日本経済くらいなので大事にしないといけません。ここでいうエキスパートとは、決められたことをしっかり間違いなく、予期された水準どおりにこなしていく、いわば、AIを用いた自動システムのような技能をもっている人たちのことです。一方プロフェッショナルとは、様々な状況に直面する中で、そこで期待通りに対応できる。その中では、すでに規定されている状況の中で、皆が承知の技能を期待されるように発揮できることに加え、予期されない新しい事象の中でもそれなりの能力を発揮できる。これがプロフェッショナルです。
 したがって、アーキビストがプロフェッショナルであるなら、ジョブディスクリプションはあり得ないです。しかし日本の公文書館はこれをつくってしまいました。アーキビストにそれを示して教育しようとしています。一体何を考えているのでしょうか。

野村:職務基準書を作るときは、どんな話になったのでしょうか。

高山先生:わたくしが公文書館を去った後のことなので、明確なことはわかりません。ただ、アーキビストがプロフェッショナルであるべきということが分かっていたら、このようなアーキビストを単純労務者のように扱う、労務管理的な発想は生まれなかったのではないかと思います。労務担当はプロフェッショナルではなくエキスパートを対象にしているので。プロフェッショナルのことは専門外だと思います。

野村:高山先生もメーカーご出身ですが、生産現場のジョブディスクリプションと研究者のそれに対する考え方が違うことがあるのかもしれませんね。

高山先生:ジョブディスクリプションに基づいて仕事をするレベルのエキスパートのアーキビストも、もちろん多数派としては必要ですし、日本の現状では、多くの文書や記録等の情報を扱う現場では単純事務職の人が圧倒的多数です。しかし、公文書館が目指すのは、日本の公文書管理をどうするのかを指揮・指導すること。トップに立って考える人材も育てないといけません。それが、プロフェッショナルです。

野村:そうですね。ずいぶん前になりますが、イギリスの職業能力評価基準を研究したことがありますが、上位階層はより高度な専門性が定義づけされていたことが印象に残っています。アーキビストの職務基準書はそうはなっていないようですね。

高山先生:そうですね。いつまでも問題を放っといてもダメで、プロとしてのアーキビストは使命感をもって具体的な議論を提示しないと深まっていきません。本当は、アーカイブズ学会が意見を出さないといけませんが。世界的に見ても、まだ定まった方向性すら出ていません。ただ、悲観はしていません。今後議論は高まっていくだろうと期待しています。そのまえに、日々発生する膨大なデータのアーカイビングをどうするかが問題ですし、もう一つ、現状の記録媒体の脆弱性からくる必然的な問題で、媒体変換(migration)を経済的に行うにはどうするかといった大きな課題もあります。

野村:媒体変換の問題は、自治体、金融機関などからも相談を受けることが多くなってきています。ところで、AI時代のアーキビストはこれまでと比べてどういう役割になってくるでしょうか?面白そうな分野です。

高山先生:たしかに面白そうですね。それに絡めて参考にさせてもらいたいものがあります。職務基準書についてですが、アーキビストの職務条件は4つあります。(1)評価選別・収集、(2)保存、(3)利用、(4)普及の4つです。その4つの職能を同一人物が全部担うべきなのか、担うとしても同じレベルでよいのか、そこらへんが見えてこないですね。
 アーカイブズを専門にする人が持たないといけない知識は、アーカイブズの歴史、社会とアーカイブズはどういう関係にあるか、です。それがコアになる部分だからです。そして文書記録とはどういうものか、文書記録をどういうふうに関連付けていくか。さらには“記録”そのものの持つ性格を我々はもっと極めなければならないし、そういうのを身に着けないといけません。
 アーカイブズの場合、一つの組織として、アーカイブズの中をどう管理するのか、国や都道府県との関係など、管理運営に関する問題もあります。

野村:その際には、国立公文書館の位置づけの話は避けて通れないでしょうね。文書保管や保管期限の話など。

高山先生:アーカイブズとなると、大濱先生の言葉が根底にあると思います。日本という社会の、また一企業が持っている文化は、伝統と切り離すことはできません。日本は、アーカイブズに関しては後進国と言われていますが、本当にそうなのでしょうか。先進国とまでは言わないですが、それなりにアーカイブズを考えてきたと思います。
 律令体制ができたとき、律令制で図書寮という機関がありました。今日の国立国会図書館とは意味が違います。当時は本そのものがなく、本らしいものと言えば、お経の本があったくらいです。それらは図書寮に収まるというより、法隆寺や四天王寺などお寺の経蔵に入っていたでしょう。
 ところで、現存する世界最後の印刷物は、日本の奈良時代(8世紀中葉)につくられた「百万塔陀羅尼経」と言われています。日本の印刷物が世界最古なのです。大英博物館もそのように言っています。当時は60~70万部ほど刷られたそうですが、奈良のお寺を含む各地の国分寺に、それぞれ奉納したそうです。明治になって、その一部分が国際的に流出しました。このように世界最古の印刷物を持っているということは意識はされなかったかもしれないですが、アーカイブズ的に保存・伝承されたわけで、誇れることですね。残念ながら平安末期になり図書寮はなくなってしまいます。では、その後の保管はどうなったのでしょうか。実は、古いものを残していくという務めは、代わりにあるお公家さんの家が果たしていました。
 このような伝承は現代にもつながるところがあります。2019年10月22日に行われた皇位継承の儀式。その一連の儀式は、部分的には変わったでしょうが、1000年以上も前から続いているものです。まさにこれはアーカイブズの役目で、儀式を伝えていくために記録を保存する行為です。
 ちなみに、こういった大事な記録は、鎌倉時代から室町時代の戦乱中でさえ、両軍ともその保管場所を攻撃対象からはずしていたそうです。ここに日本文化にはアーカイブズ保存を尊重する伝統が読み取れます。
 明治になり、太政官制が復活し、そこに記録局ができます。これはとても大きな組織でした。おそらく、戊辰戦争の勲功を記録するために作らざるを得なかったのでしょうね。それから内閣記録局になり、内閣官房の記録に変わり、少しずつ組織が小さくなっていきました。太平洋戦争の真最中であった昭和17年、内閣官房の総務課に吸収され、帝国憲法下でなくなりました。この動きをある研究者は、日本の官僚組織は史籍の管理業務を機械的事務に変質させてしまった、と言っています。誠にその通りだと思います。

野村:宮内庁との問題も出てきますね。

高山先生:そうですね。日本は万世一系の天皇を戴いています。ご承知のように126代にわたって続いてきました。日本の場合、国の権威は天皇によって示されています。しかし、政治の実権を握っているのは、源頼朝以来、幕府が握ってきました。それが明治維新以後、内閣に移って現在に至ります。権威と権限、両方、アーカイブズが必要になります。
 権威に関しては、宮内庁のアーカイブズがありますが、ここで議論しようとしているのは、権限の方のアーカイブズをどうするのか、です。アーカイブズ学会は迷走しています。権限と一体化するということになれば、上ばかり見るようになります。そこで振り返っておかなければならないのは、帝国憲法下の公務員(高等文官)は、資料の改ざんや隠ぺい、破棄をするなどということはなかったのではないかということ。権威と権限の両面にわたって責任を持たないといけないという意識が強かったからではないでしょうか。
 一方で日本国憲法下では、権威と権限が明確に分かれてしまいました。権限の執行にかかわることでは主権者の権利の保護をしっかりと行いますが、公務員自身も主権者であって国民には変わりなく、一主権者です。公務員は主権者に対する奉仕者であり、自らも主権者なので、帝国憲法下での絶対的な権威に対して責任を持たないといけないという意識が薄れたように思えました。例えば財務省の高級官僚が自らの省の文書を改ざんしたということを、国会という公の場で言うことはかつてでは考えられません。

野村:公文書館も独立行政法人となり、プロフェッショナルとして一言いえるような、そういう独立性はほしいですね。

高山先生:1971年に公文書館が設立されましたが、初代のトップになる人には重みがあります。当時、しかるべき人がいなかったのではないかと思います。そういうふうに考えると、戦後、国立国会図書館の初代館長に金森徳次郎さんが任命された意味は大きかったですね。しかし、10年間務められましたが、退任されてすぐにお亡くなりになりました。その後しばらく館長が空位になります。誰を後任者にしたらいいか分からなかったのでしょう。結局、国会図書館の職員の中から選びましたが、その結果、日本社会における国立国会図書館の存在感が小さくなりました。
 国立公文書館についていえば、独立行政法人になったときは、変わるチャンスであったかもしれません。菊池館長の功績の一つが、公文書管理法の制定に貢献されたことです。しかし菊池さんは、適切に法律を作り上げる優れた行政官ではあったが、アーキビストではなかったと思います。
 独立行政法人化の時点で、公文書館は内閣の一組織として既に約30年の時間を刻んでおり、これを菊池さんといえども変えることはできなかったのでしょう。

まとめ 今後の文書管理の未来とは

野村:今後デジタルの時代がやってきますが、図書館も変わっていくと思います。今後残る部分と、変わっていく部分についてはいかがですか?

高山先生:文書というものは、かたちの上でなくなりますが、記録は残ります。それは世の中に存在し守るべきものです。記録が持っている意味合いについて、可能性について、研究がなされている分野は今はありません。貴重な文書や記録に関する研究は、俗な世界とは切り離されて研究されていればそれでよかった時代もあったかもしれませんが、時代は変わりました。それを若い学生が研究してほしい。研究会という集まる場を作り、そこでの諸問題にビジネスの課題を持ち込み、関係づける。そういう問いかけや研究の場が必要になってくるのではないでしょうか。また、そういう研究会を作り、活動するとなるとコストもかかりますが、そういうのを助成する機関があればいいなと思います。それを日本の大学の人文・社会科学系の研究者が頼みとする“科研費”に期待することはできないかもしれません。

野村:おっしゃる通りですね。記録管理の世界で一線の方の大半はご年配の方しかいません。若い人は記録管理の重要性を理解している人は少ないです。だからこそ、若い人が情報発信していくのは重要です。昔を研究し、そこに今を組み合わせる。昔と今の良い面と悪い面を知ったうえで今後の記録管理の未来を考えていってほしいですね。

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